丸星ラーメン

20代の頃の話です。ある日の仕事帰り、その日はとても寒くてラーメンが食べたくなり、ふと小さい頃の記憶が蘇ってきたのです。
僕の父はよく仕事仲間を家に呼んでお酒を飲んでいました。小学生の僕には会話の内容はあまり分からないのに、なんとなくその楽しげな雰囲気の中にいるのが好きでした。酔いが回ってくると、ラーメンが食べたくなるようで、どこのラーメンがうまいだのまずいだのの話になります。そしてだいたいこんな風に話は決着します。ラーメンは丸星。
久留米という所の国道沿いにあるラーメン屋で、掘っ建て小屋のような建物。店内には演歌が流れていて、24時間営業。おばちゃんたちが真夜中でも早朝でも忙しそうに働いているんだそう。漬物が食べ放題で、ラーメン1杯200円(当時)そこらの破格。僕はその丸星という店のラーメンが食べてみたかったのですが、当時僕が住んでいたところは筑豊。丸星は山を越えて行かなければいけないらしく、一度も父に連れて行ってもらったことはありませんでした。でもその店のことはいつも話題になるし、みんなが熱く語るので、僕の記憶にとても深く刻まれていました。
僕は仕事で一人暮らしをしていて、鳥栖に住んでいました。鳥栖と久留米は隣町です。でも10歳ぐらいの頃の記憶です。10年以上も前の話だし、そんな昭和な感じの店はさすがにもう無いだろうと思ったのですが、気付けば久留米方面へ車を走らせていました。
国道3号線を久留米方面へ。久留米までは15分ほどの一本道。でもきっと無いだろうから、久留米に着いたら何か食べて帰ろう。そう思いながら走っていると、明かりに照らされた黄色い看板が目に入ってきました。丸星中華そばセンター。まさか、いや、でもそう書いてあります。駐車場が広く、大型のトラックが出入りしていて、「祈る、安全運転」とも書いてあります。絶対この店だと確信しました。父は長距離トラックの運転手でした。きっと仕事の合間に寄っていたのでしょう。僕は車を停めて、店に入りました。おいしそうな香りが漂います。メニューはいたってシンプル。ラーメンと白飯と替え玉とおでんぐらいです。食券を買って席に着くと、おばちゃんたちが忙しそうにラーメンを運んでいます。店内は、父が生きていた頃とおそらく変わっていないのではないでしょうか。父たちの話を聞いて想像していたままの雰囲気です。ラーメンがきてスープを一口飲むと、僕は虜になりました。食べ応えのある麺とスープのとんこつの旨みがしっかりと絡まっています。麺を口に入れスープをすすり、白飯と高菜の漬け物を合間に食べる。その流れがたまらなく美味しいのです。箸が止まらず、替え玉まで一気に食べてしまいました。
30代の僕は今、久留米に住んでいます。何の因果か、嫁は久留米育ち。子供の頃丸星のラーメンが好きだったと言います。僕らは今では常連のように通っています。
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