一日家族

私は大学生の頃、夏休みの2ヶ月を使って、バイトで貯めたお金で、何か初めてのことをしようと考え、思いついたのが海外旅行でした。私は当時ブランド物などに興味が無く、ツアーで行って免税店に時間を費やすのがもったい無いと思い、ツアーを使わずに飛行機の往復チケットを買って行こうと決めました。でも海外に自分で行ったことが無かったので、友達も誘って行くことにしました。場所は、飛行機代が一番安かった、タイ。そのタイ旅行での話です。
私たちは、世界中からタイにくる旅行者が集まるカオサンという街を拠点に、タイ観光をしていました。カオサンは安い宿がたくさんあって、英語や日本語を喋る人も多く便利なのですが、いろんな国の人がいるのでちょっと治安が悪そうでした。そこに10日間ほど滞在する間に、あるタイ人の男性と知り合いになりました。ある日私たちがアユタヤ遺跡の観光に行くと言うと、彼がアユタヤまで案内してくれると言うのです。カオサンからアユタヤまでは少し遠くて、電車とかに乗って行くのです。彼は笑顔はいい人そうだけど、タトゥーとかピアスとかちょっといっぱいあります。そして、写真を撮られるのをなぜか極端に嫌がります。信用していいのかどうなのか・・・。私たちも英語が下手くそで、おそらく彼もそうで、意思疎通できているのかどうなのか分からないし、だけど自分たちだけでアユタヤまで辿り着けるのかという不安もあったので、お願いしました。白タクのツアー版みたいな感じでお金取るのかな?とも思ったけど、そんなことも無く、むしろちょいちょいジュースとか奢ってくれました。その日丸1日、普通に昔から友達だったかのようなノリで気さくに振舞ってくれて、とても楽しませてくれました。
ブランド物やリゾート気分に興味のない私たちは、旅の醍醐味はやはり現地の料理。私たちは割りかしお腹が強いようで、屋台でご飯を食べてもお腹を壊すこともなく、むしろ滅茶苦茶美味しい。そして安い。100円でお腹いっぱいになります。なので屋台料理を食べまくっていましたが、タイは湿度が半端なく、くたばりそうな蒸し暑さの中で、私たちは中でもグリーンカレーにハマっていました。青唐辛子の爽やかな辛みとココナッツミルクの濃厚な旨味が、タイ米の素朴な風味に絡まって、たまらなく美味しいのです。旅行中、いろんなお店でグリーンカレーを見付けては食べていました。
アユタヤに連れて行ってくれた彼は、私たちが泊まっている宿の前らへんに住んでいて、よく会って話をしました。英語が喋れないので、会話はほぼ勘でしたが、なんとなく会話してました。ある時、「グリーンカレーにハマっている」と言うと、「食べさせてやる。明日空いてるか?」と言うので、特に予定は入れてなかったので次の日の朝、宿の前で待ち合わせました。なんか美味しい店でもあるのかな、と楽しみでした。
次の日の朝、約束の時間にちゃんと居ました。実はちょっと半信半疑でした。朝も早いし、昨日の夜かるーく話しただけだし、言葉も通じてるかあやふやだし、ほんとにくるのかな。。そう思ってました。でも、部屋の窓から外を見ると、時間どうりに来てました。「いるよ!」そう言って友達と外に行き、彼に付いて行きました。
「ちょっとバンコクに用事があるから、付き合ってくれ。」そういってどんどん街の方へ行きます。初めて水上バスに乗りました。当時私は、タイは途上国という認識でしたが、バンコクは大都会。高いビルがたくさん立ち並んでいて、若者たちは新宿や丸の内の人たちのようにおしゃれをしていたり、スーツでピシャっと決めていたりします。案内してくれている彼は、タトゥーだらけで、でっかいピアスやごっついアクセサリーを付けていて、歌舞伎町や池袋って感じです。
人混みの中をどんどん歩いていきます。かなりの早足です。早足というか、むしろ小走りに近い状態です。結構な距離を歩くので、いったいどこに連れて行かれるんだろう・・・と、少し不安になったころ、いきなり足を止めた彼は、「ちょっと待ってて。」そう言って歩道の真ん中に私たちを待たせ、人混みの向こう側に行きました。そこに、目が潰れた13歳ぐらいの少年が手を前に出して立っていたのですが、その少年の手に、ポケットからお札を何枚か出して渡しました。衝撃でした。新宿や丸の内風の人たちがその少年に見向きもせず通り過ぎていく中、歌舞伎町か池袋風の彼が急ぎ足を止めてお金を渡したのです。とても衝撃でした。やっぱりいい人なんだ。そう思いました。
大きな商業施設の一角に、携帯電話屋さんがあり、そこに用事があったようです。少し胡散臭めのお店で、新品のipodが二千円で売っていました・・・。そのお店の人とどうやら友達のようで、店のショーケースの上でビールを飲みながら、真剣に、笑いも一切なく、話をしていました。その友達もまた、ちょっとガラの悪い感じのする人で、「私たち騙されとるんかいな・・・」と一瞬不安がよぎりましたが、私とその友達は当時とても楽観主義だったのでしょう。1時間以上、私たちは近くに座って待っていました。
慣れない場所で緊張して、疲れてきた頃、用事が終わったようで、また歩き始めました。今度は乗り合いバスを何個か乗り継いで、どんどん田舎の方へ行きます。タイの文字はひょろひょろと記号みたいだし、どこに居るのかさっぱり見当もつきません。早足だし、無言でどんどん進んで行くので、さすがに、騙されてるかもしれない、、と思いました。どこかに置き去りにされたら、帰れない。。。
とても田舎に来てしまいました。道路は舗装されてなく、車で土が舞い上がり、簡単な作りの家がたくさんあって、人はのんびりしていて、のどかな所でした。外国人が一人も見当たりません。住民たちが、珍しそうに私たちを見ます。
質素なお寺のような所を通ったときに、彼が言いました。「ここで小さい頃いつも遊んでいた。」と、勘ですが、たぶんそう言いました。そして八百屋のような店に寄って、エビと何かとココナッツを買いました。
もしかして彼の地元に連れて来てくれたのか?でも状況は分からないまま、引き続き付いて行きました。いつの間にか、バンコクのときの早足はすっかり無くなり、のんびり歩いていました。単純な私たちは、ちょっと安心してきました。
未舗装で赤土の砂埃が舞う道路の脇にある家々は、簡単な作りですがちゃんと家の形をしていました。それが、細い道に入っていくにつれ、だんだんとバラックのような集落になってきました。道は、道と呼べるのか、下水のうえに板などを置いていて、気を抜くと落ちそうです。横には四畳半ほどのスペースごとにトタンなどで区切られた生活感満載のスペースが続き、洗濯物が干してあったり、人が寝ていたりします。道路からリビングまでの距離が、見たこともない近さです。知らない人の家の洗濯物の下をくぐりながら、下水に落ちないように気をつけながら、テレビ撮影のセットのような感じの家々を横目で見ながら、10件ほど過ぎて、ある1件の家に立ち止まりました。家といっても、トタンで仕切られて雨だけ遮れるようになっているところです。下水のうえで、板が床になっています。奥に子供が4、5人いて、おばあさんが一人寝っ転がってテレビを見ています。彼がその人たちとタイ語でちょっと話すと、その人たちは笑顔になって、ここに座れという身振りをしました。座って、彼の通訳の元、ちょっと話をしました。もちろん勘で話しているので、合っているか判りませんが、寝ているおばあさんは、彼のお母さんだそうです。でも、「昨日の記憶は無い。俺が息子だということも分かっていない。」とか言っている気がして、私たちは状況が飲み込めず戸惑っていると、みんなは明るい笑顔で声をあげて笑っています。そのおばあさんも、無い歯をむき出しにして笑っています。そして、そこにあったテレビと炊飯器を指差して、「これは俺が働いた金で買ったんだ。」と言いました。なんだかよく分からないまま、胸が熱くなりました。
台所がありました。祭で使うような、ガスボンベの上にコンロを付けたものが置いてあり、板などが台のようになっていて、食器などがぶら下がっています。もちろん下水の上です。彼は、さっき買ったエビを炒めて、緑の何かを入れ、ココナッツを割ってミルクを入れて、すぐにグリーンカレーが出来上がりました。
全員分のお皿を出して、テレビの前の床でみんなで食べました。彼が買ったという炊飯器からご飯をついで、エビをたっぷり入れてくれました。話の内容はほとんど分からなかったけど、いきなり来た異国の私たちを家族のように迎えてくれて、すごく和やかな雰囲気の中、みんなの優しい笑顔に心が温まりました。今まで食べたグリーンカレーの中で、一番美味しくて、おそらくこれからの人生の中でも、一番おいしいグリーンカレーでした。
帰りは夜になっていました。乗り合いバスを乗り継いで、バンコクでお店によってご飯を食べました。彼はビールを飲みながら、酔っ払ったのかひたすら英語で自分の身の上話を喋ってくれるのですが、残念なことにほとんど何て言ってるのか分からないのです。英語勉強しとけばよかった。。後悔しました。
なんとなくニュアンスで掴んだ話は、彼はギャングだったということ。友達となんかしでかして、拳銃で撃たれて友達は死んで、自分は捕まった?のかな?その辺の話は難しくてよく分からなかったのですが、涙目で話していました。私たちもちゃんと理解は出来ないまま、なぜか涙目になりました。そして今はカオサンで、タトゥーのデザイナーと革細工のお店をしているのだそうです。
私たちが帰る日に、麻紐でかっこいいブレスレットを編んで、一個づつくれました。何から何まで、私たちになぜかめちゃくちゃ良くしてくれました。感謝の言葉も私たちはちゃんと伝えれないのに、「サンキュー」ぐらいしか言えないのに、こんなに色々してくれるなんて。もう二度と会うことは無いだろうと思うととても悲しくて、別れを惜しみながら、日本へ帰国しました。
毎年あったかくなってくると、グリーンカレーが食べたくなります。(Asuka)
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